木蝋・和ろうそくの歴史③

和ろうそく

木蝋・和ろうそくの歴史③
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遣唐使中止から 中国より輸入できなくなった蝋燭です、その後について調べてみます。

その後の灯りの素材は、松脂、魚油、植物油を中心に作られ、漆実からも木蝋を抽出し蝋燭を作っていました。
それではいったいいつ頃から、櫨の実から木蝋を製造したのでしょうか?
 文献では、大蔵永常翁著の農家益によれば、江戸時代初期、永宝年代(1673~1679)、琉球より、清国舶来の櫨の種子を桜島に移植したという説です。
 もう一つの説は、江戸時代中期、正徳年代(1711~1715)、佐藤信淵著の草木六部耕種法によれば、異国船が薩摩の桜島に漂流し、櫨の種子とともに製蝋法を伝えという説です。
 三つ目の説は、薩摩藩製蝋業の起原を辿れば、元禄年代(1688~1703)大隅国桜島白浜の四郎兵衛と云う人が、山ヶ野金山に鉱夫として働いていた時、奥州会津生まれの一鉱夫から、桜島の村山に野生する櫨の実が会津地方の漆実に似ていること。そしてこの地の櫨実にも必ず蝋があるはずだと教える。
 鉱夫は仕事を辞めて桜島に帰り、村山の櫨実を採取し、会津の鉱夫から教えられて通りの方法で抽出したら、木蝋を採取した。
この採取の事実が藩庁に達し、御用人高崎伊豆を以て、四郎兵衛に対し、木蝋の製造と櫨樹の栽培等、一切を申し付けられた。
これを期に暫時国内に櫨樹の栽培が普及したという伝説である。
三つの説とも確かなようでありますが、文献にはこれが確かという記録はないようです。
確かなことは、江戸時代中期の西暦1700前後に鹿児島において、櫨の実から木蝋が製蝋されていたことは間違いないようです。



江戸時代から続く伝統技法で木蝋を絞るのは全国でもここ、本多木蝋工業所だけです。


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