木蝋・和ろうそくの歴史④

和ろうそく

木蝋・和ろうそくの歴史④
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奈良時代(710~794)から、安土桃山時代(1573~1603)まで、実に900年という気が遠くなりそうな永い歴史を経て、江戸時代になって国産の蝋燭が出まわることになります。

江戸時代(1603~1868)に入ると一部の暖地で櫨の木の栽培が始まり、殖産に熱心な地方の庄屋や篤農家が有益なことを知り、相次いで栽培する者が増えてきて、藩主の奨励も相俟って、和蝋燭は、急速に普及発展していくことになります。
その後。次第に蝋燭の需要も増大し、櫨の実から抽出された櫨蝋で作られる和ろうそくは、米や和紙などとともに代表的な地位を占めていくことになります。

文献によると、江戸初期の和蝋燭の価格は、10匁(37.5グラム)の蝋燭が24文で、当時の大工さんの一日分の賃金と同じだったようで、庶民には高嶺の花でした。

当地柳川藩でも元禄16年(1703)には、「櫨運上の制」を定め、藩の財政を潤すため、木蝋の製造が促進されることになり、田畑や道筋などに櫨の木が植えられます。

亨保2年(1717)、瀬高町の談議所で武田蝋屋が創業を始め、藩の奨励もあり、蝋屋と呼ばれる板場(製蝋所)をもつ木蝋製造業者ができて行きます。

農家も櫨の実を高価で引き取られ、また正月前の現金収入になるため、櫨の木を増やしてゆきます。

秋の紅葉の時期には、田畑や道筋、川や土手などの櫨の木は赤く染まり、木蝋は柳川藩の主要産物に成長します。
幕末から明治維新へと木蝋の需要は、維新前の薩摩藩からの特需も相俟って、生産も拡大し、蝋屋も増え続けます。

柳川藩は、「筑後蝋」として、瀬高町下庄談議所から矢部川を通じ舟により、大阪や長崎に領外輸出を始めます。
大阪市場では、福岡県産の木蝋が8割を占め、日本一の生産高を誇り、木蝋は、石炭とともに、藩財政を支えていきます。

荒木製蝋所が1850年に創業を始めます。

1868年、明治維新を迎えます。

江戸後期から明治にかけて、蝋燭といえば、櫨蝋から作られる和ろうそくが中心となり、その座を不動のもとします。

明治5年、東京浅草の商人で元合津藩士内藤愼之という人が、ドイツより、西洋蝋燭の製法を学び、製造しはじめます。

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